大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成2年(く)125号 決定 1990年7月30日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人村上公一作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は要するに、原決定は被告人には刑訴法八九条一号、四号に該当する事由があるとして本件保釈請求を却下したが、裁判所はこれまで刑訴法八九条四号の事由のみをもって被告人の保釈請求を却下してきたのに、今回初めて同条一号の事由を付加したのは、信義(禁反言の原則)に反し不当であるうえ、そもそも本件については右一号の事由の存在も必ずしも自明のこととはいえず、また、同条四号の事由も、公判審理の経過からして少なくとも現段階では存在しないから、本件保釈請求を却下した原決定は、失当であるので、これを取り消したうえ被告人の保釈を許可することを求める、というのである。

よって、所論にかんがみ記録を精査して検討するのに、原決定には、以下に述べるとおり、違法不当の点は存しない。

まず、刑訴法八九条一号の「死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪」か否かの判断については、起訴されている公訴事実の法定刑を基準とすべきものであり、幇助として起訴された従犯の減軽が必要的になされる場合であっても、減軽前の正犯の罪の法定刑を基準とするのが正しいと解される。これを本件でみると、公訴事実のうち麻薬取締法違反幇助(コカインの営利目的輸入の幇助)については、同法六五条二項に定められた一年以上の有期懲役又はこれと三〇〇万円以下の罰金の併科の刑を基準として判断すべきこととなるから、被告人に刑訴法八九条一号の事由があることは明らかである。所論は、原決定が今回初めて右一号の事由を保釈請求却下の理由に挙げたことをもって、信義に反すると非難するけれども、従前の保釈請求却下決定が刑訴法八九条四号の事由のみを挙げたのは、それ以外の同条各号の事由が存在しないとの判断を示したものとまで解することはできないし、また、そもそも裁判所は保釈の許否を決定する時点で同条各号の事由の存否を新たに判断すべきでありかつそれで足りるのであるから、右非難は全く当たらない。

次に、刑訴法八九条四号の事由についてみると、本件は、コロンビア共和国内の麻薬組織が本邦に大量の麻薬(コカイン)を持ち込もうとした事案で、被告人は、いわゆる運び屋の韓国人船員Aと国内の共同受取人であるコロンビア人のB及びCとの間でコカインの引渡しの日時・場所等を連絡するにつき、電話でその仲介を担当し、麻薬密輸入の犯行を幇助したというものであるが、被告人は、捜査から公判を通じて犯行を一貫して否認し、犯罪の成否は、右A、B、及びCら関係者の証言如何にかかっているところ、現在B及びCの証人尋問は終了したものの、重要証人であるAの尋問は未だなされておらず(同人の捜査段階での供述調書は部分的に同意・取調べ済みとなっているが、被告人の役割に関する核心的部分については明確ではなく同人の証言を待つ必要がある。)、さらに、現在までの証拠調べにより、被告人方を媒介とする電話連絡には被告人以外の第三者が介在していることが窺われること(ことに、Aの検面調書では、Aから被告人方へ電話した際、応対した相手方は被告人ではなく男性であった、という供述記載になっている。)からすると、現段階で被告人を釈放すれば、被告人がAや右第三者などの関係者に働きかけ、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められる。

以上の次第で、被告人には刑訴法八九条一号、四号に該当する事由があるとした原決定の判断に誤りはない。そして、以上述べた事情にその他記録にあらわれた諸般の事情を総合考慮しても、本件が裁量による保釈を相当とする事案とも認め難い。そうすると、本件保釈請求を却下した原決定は相当であって、論旨は理由がない。

よって、刑訴法四二六条一項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 池田良兼 裁判官 浦上文男 裁判官 飯田喜信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例